億ションは都心だけにあらず――。マンション高騰の中、都心周縁や郊外の意外な場所で億ション並みの物件が売り出されています。中には10年で価格が倍になった場所もあります。共通するのはターミナル駅までのアクセスのよさや駅前再開発で住みやすさが高まっていること、教育環境が充実していることなどです。「地味にスゴイ」郊外マンションの現場を回りました。
日経MJが不動産情報会社マーキュリーの協力を得て首都圏の主要160駅に近接する地点で2023年9月〜24年8月に販売された新築マンション価格の相場を分析しました。全地点で価格が上昇しましたが、上昇率にはばらつきがありました。不動産経済研究所(東京・新宿)がまとめた2014〜2023年の首都圏新築マンションの平方メートルあたり単価の上昇率は72%でした。
■10年で価格2.4倍に高騰
「静かすぎる、全然人がいない」「店が全然ない。住民は買い物、どうしてるんだろう」。人気テレビドラマ「孤独のグルメ」で松重豊さん演じる主人公の井之頭五郎氏にこう心配された「地味駅」、小竹向原駅(東京・練馬)。地下駅のため駅前ロータリーもなく、小規模なマンションや戸建てが並ぶのどかな風景が広がります。しかし、10年間で2.4倍に上昇し、約70㎡9185万円となりました。発展の契機となったのが2008年の副都心線開業です。池袋、新宿、渋谷への交通アクセスが格段に向上しました。
調査の方法 不動産情報のマーキュリーが保有する、新築マンションの分譲価格のデータをもとに、専有面積50平方メートル以上、駅から徒歩15分以内という条件で駅ごとに絞り込み、70平方メートルに換算して平均価格を算出した。その上で10年前の同条件で出したデータと比較し、上昇率を算出しました。
野村不動産は2023年、全500戸の大規模物件「プラウドシティ小竹向原」(東京・板橋)の販売を開始しました。売り出し当初から3LDKで9000万円前後と周辺相場よりも大幅に高かったにもかかわらず、駅から徒歩5分、池袋まで5分、新宿や渋谷まで約20分というターミナル駅へのアクセスの良さが評価され、申し込みが殺到しました。最終期では1億円を超える部屋も多くありましたが、当初想定より5カ月前倒しで完売しました。「契約者の平均世帯年収は1400万円台で、板橋、練馬区の地元層は3割程度です。都内の広域からの契約が多かったです」(野村不)と広域集客できたことが早期の完売につながりました。この物件が地域の相場上昇の原動力となった可能性があります。
かつて、マンション価格は駅周辺の雰囲気をはじめ数値化されにくい魅力に左右され、特に高額物件はその傾向が強かったです。しかし、近年は共働き世帯の増加に伴う職住近接の流れにより、主要駅からの距離というわかりやすい指標がより重視されるようになっています。小竹向原はその代表例です。
東西線の始発が利用可能で大手町から約30分の妙典駅(千葉県市川市)も10年前から2倍の8281万円、埼京線で池袋駅まで20分弱の戸田公園駅(埼玉県戸田市)も2倍の7242万円と、これまでの相場では考えられない価格で販売されるようになっています。
■パワーカップルも郊外を目指す
「都内で家族で暮らそうとすると1億円を軽く超えるような物件しかなく、早々に選択肢から外しました」。大手金融機関で勤務する男性(33)は昨年、浦和駅(さいたま市)から徒歩圏内のマンションを購入しました。夫婦共働きで日本橋駅近くの家賃20万円を超える賃貸マンションに住む「パワーカップル」だったが、子供の誕生を機に、実家から近い浦和へ引っ越しました。
マンション価格が高騰する中、東京都内で家を買えなくなったサラリーマンがマイホームを求めて郊外へと押し出される――。バブル期にも見られた光景ですが、男性に「都落ち」という感覚はないです。3LDKでも70平方メートルを切る部屋も多い都内に比べ、土地代が安い埼玉県の物件は余裕を持って設計されています。「埼玉県浦和は住環境が良く、公立中学校のレベルも高いです。その割に都内に比べて教育費もかからない」ため、合理的に選んだ結果が浦和でした。
ライフルホームズ総研の中山登志朗チーフアナリストは浦和駅周辺について「5年前には都心でマンションを買っていた人が次善の策として選ぶエリアになっている」と分析します。浦和駅の新築マンション価格は10年前から56%増の約70㎡8182万円となっています。 デベロッパーも強気の姿勢を崩さないです。メジャーの野村不動産や三菱地所レジデンスなどが販売中の浦和駅前の再開発タワマン「浦和ザ・タワー」は中層階の3LDKで1億7000万円、高層階のプレミアムフロアは3億円以上と都心並の価格で話題を呼んでいます。
■東京まで1時間の億ション
大規模再開発も郊外の人気エリアをつくり出しています。代表例が辻堂(神奈川県藤沢市)です。JR辻堂駅から東京駅まで1時間近くかかり、アクセス面ではよいとはいえません。しかし物件価格は10年前と比較して2.1倍の約70㎡8902万円に跳ね上がっています。以前は、4000万円台で検討できましたが、上昇の波が辻堂まできています。
デベロッパーのリスト(横浜市)のグループ会社が2024年5月に販売を始めた「ザ・タワー湘南辻堂」。80平方メートル程度の3LDKを1億2000万円前後に設定しましたが、辻堂駅直結というアクセスの良さや同エリアでは14年ぶりとなるタワマンという希少性の高さから1期は完売となりました。
近年、大規模な再開発により辻堂駅周辺に商業施設や公園が次々と誕生しており、利便性が高く評価されています。「湘南エリアでの住み替えが全体の3分の1で最も多いが、都内からの人も3割近くを占めています」(リスト販売員)。そして、JR 東海道線の新駅が藤沢駅と大船駅の間に開業いたします。「村岡新駅」仮称が2032年度に開業を向けております。107年ぶりの東海道線新駅だということで周辺の再開発も異常な規模で神奈川県・藤沢市・鎌倉市・JR東日本がメインで出資しているPJ。周辺の再開発事業者は未定が多いと思いますが、三菱商事と東急不動産は決まっています。
JR辻堂駅周辺は2024年の基準地価(7月1日時点)で神奈川県内での住宅地上昇率がトップの12.7%でした。
駅前にタワマンが林立する武蔵小杉駅(川崎市)は41%増の9087万円と、既に都内に匹敵する価格となっています。
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マーキュリーの片平勝也事業戦略室長は「タワマンような大規模物件ができると所得の高い世帯が一気に増え、商業や飲食も発展してエリアの価値が上がります」と話す。2.2倍の市川駅(千葉県市川市)も、再開発により「選ばれる駅」として不動の地位を築きつつあります。周縁部や郊外への人口移動で需要が高まり、価格が上昇しています。人気エリアとして認知されさらに人を呼び込み、価格がさらに上昇するという循環が続きます。
■池袋準急30分、徒歩16分 4000万円
郊外マンションの売れ筋が変わってきました。急行が停車せず、しかも最寄り駅から徒歩15分以上という「駅遠」物件が売れている。マンション供給戸数の減少が販売価格の上昇を招き、相対的に割安な駅遠物件に人気が集まっている。リモートワークなど働き方の変化も影響しているようです。
池袋駅から東武東上線の準急に乗って30分弱。みずほ台駅(埼玉県富士見市)で下車し、低層の建物が並ぶ大通りを16分ほど歩くと、突然、目の前にヤシの木と南国風のリゾートホテルのような門を構える大規模マンションが現れました。埼玉県を地盤とするポラスグループ(埼玉県越谷市)が2023年に販売を始めた「ルピアグランデみずほ台」(埼玉県三芳町)です。
急行が停車しない郊外に立地し、駅からも近いとはいえない。3LDKの中心価格帯は4000万円前後と同エリアでは比較的強気の価格設定だったことから、競合デベロッパーからは「本当に売れるのか」という声もありました。しかし販売は順調です。広告宣伝にも力を入れた結果、都内からの契約者も26%と高いです。
東京建物が2021年に販売を開始した「ブリリアシティふじみ野」(埼玉県ふじみ野市)はみずほ台駅からさらに3駅奥に入った上福岡駅徒歩10分という立地です。しかし、直近の販売期では最多価格帯が3800万円という点が評価され、700戸を超える大規模物件ながら既に供給戸数の9割が契約済みだといいます。
不動産情報会社マーキュリーがまとめたデータによると、上福岡駅の平均価格は4442万円と、10年間で55%上昇しています。
郊外を主戦場とするフージャースコーポレーションの生川正雄取締役は「4000万円ぐらいの物件は選択肢が少ないです」と話します。人件費や資材価格の上昇で建築コストが高騰する中、新築物件の供給自体が減り、相場を押し上げているようです。
そのため4000万円台のマンションでも販売している間に相対的に割安感が出て、買い手がつくようになりました。かつて郊外で見られたような売れ残った物件の値引きも減っています。
同じような光景は首都圏のほかのエリアでも見られる。フージャースは2024年8月、JR蘇我駅徒歩11分の「デュオヒルズ蘇我ザ・スカイ」(千葉市)の販売を開始しました。東京駅から京葉線で40分以上かかるものの、リモートワークにも使える3畳ほどの小部屋を設置するなど、在宅勤務にも対応できる点をアピールしました。最多価格帯を4000万円台後半に設定した。売れ行きは好調といいます。
購入を決めた東京都新宿区に住む会社員の男性(37)は「(都内で購入して)ローンでいっぱいいっぱいになるより、郊外でゆとりのある暮らしをしたい」と語ります。
都心からさらに遠くの場所にも購入者の関心は向けられます。神奈川県小田原市でMIRARTHホールディングス(ミラースHD)が建てた小田原駅前の高層マンション「レーベン小田原ザ・タワー」は全住戸抽選となり、発売後3カ月で完売しました。中心価格は4200万円台で最高は1億7000万円でした。
驚くことに購入者の約3割弱を東京都民が占めました。小田原は新幹線を利用すれば東京駅まで40分かからず、広い意味では「通勤圏」といえます。ミラースHDによると、将来の生活拠点を確保したいとして購入した世代や実際に東京まで通勤している人もいます。
不動産経済研究所(東京・新宿)がまとめた8月の首都圏新築マンションの発売戸数は前年同月比50%減で減少は5カ月連続でした。建設費や用地取得費の高騰で供給戸数は減少し、販売価格は上昇します。不動産経済研究所の松田忠司・上席主任研究員は「工事費が上がっており、郊外の駅徒歩10分以上の物件でも主力購入層が買えない価格になります」と指摘します。購入者は価格が相対的に割安で、上昇率も穏やかな外縁部へと向かっています。
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