世界の不動産市場と日本の注目点は「市況は回復傾向」(日経ヴィリタス記事より)
2024-11-28
米欧不動産マーケットに底入れの兆しが出てきました。相対的な安定性を背景に投資マネーを集めていた日本市場にはどう影響するか。欧州系資産運用大手ドイチェ・アセット・マネジメントのアジア太平洋地域の不動産調査・運用の責任者と、米不動産サービス大手ジョーンズラングラサールでグローバル調査を手がける担当者に見通しや投資戦略を聞きました。(聞き手は今堀祥和) 日本の不動産投資、1〜2年は困難続く ドイチェ・アセット オルタナティブ運用部長兼アジア太平洋リサーチ・ヘッド 小夫孝一郎氏 ――国内不動産の投資環境をどうみますか。 「オフィスのリーシング(誘致)は好調で物件の売買件数も回復しています。センチメントは悪くないです。もっともエリアや物件では濃淡があります。空室率が高まった東京・港区では『麻布台ヒルズ』など有力ビルが埋まってきた一方、天王洲など湾岸部エリアは苦戦している感じです」 「問題はデベロッパーが自社のバランスシートに優良物件を抱えるため、売買市場には出てこないことです。『プレーンバニラ』と呼ばれる、投資して長期保有すれば十分なリターンが期待できるような物件はそれほどないです。海外から日本の不動産、特にオフィスビルにお金がつきにくい状況が続いています」 ――ライフサイエンスなど特殊用途物件が米欧で注目を集めています。 「国内でも都心外のオフィスビルを研究施設や医療施設に転用し賃料を上げ、売却でリターンを得ている投資家はいます。ただライフサイエンスという流行に乗って高値になっている面はあります。バイオベンチャーなどの入居需要は旺盛にみえるが、全体でどこまでかは分からないです」 ――投資の魅力があるセクターはどこですか。 「物流施設です。大型案件の完成で空室率が上がり、物件によっては値下がりしました。ここ1年は物流施設への投資は厳しいとの見方が広がりました。オフィスなどと比べ建築費が土地取得に対して高く、原材料上昇の影響が大きいです。現在の賃料水準では採算があわないです。用地は取得済みでも工事契約まで進んでいない案件はストップする可能性があります。需要面では日本のEC化率はまだ伸びる余地がある一方、供給が絞られる局面に入ります」 「分譲マンションが高騰するなか、賃貸マンションにも賃料上昇に期待があります。ただ上がっているのは都心部のファミリー向けなど供給が少ない物件に限られます。投資市場に多いのはワンルーム物件で需要と供給にギャップがあります」 ――米国市場は底入れしたとの見方があります。日本市場への影響は。 「全てのセクター平均の物件価格は高値から24%も下がりました。これだけ下がれば、投資しやすい環境です。オフィスセクターを除けば、米国はおおむね底入れしました。超低金利時に借り入れた資金のリファイナンス(借り換え)が本格化します。仕組み債などで問題が表面化する可能性があり、一本調子の回復が続くわけではないだろう」 「日本の不動産は米欧と比べ値下がりしていなかったです。投資で米欧と同水準のリターンを得ようと考えれば『オフィスを研究施設に転用する』、『賃貸住宅に家具を付ける』といった一手間が必要になります。それも日本の不動産投資が今後1、2年は難しい局面だと考える理由です」おぶ・こういちろう 三井住友銀行を経て07年にドイツ証券入社、15年からドイチェ・アセット・マネジメント。23年10月から不動産投資市場のリサーチに加えて、運用責任者も務める 待機資金4000億ドル、市場回復の支えに ジョーンズラングラサール グローバルリサーチ部門リサーチディレクター マシュー・マコーリー氏 ――米国が9月に利下げを始めました。新型コロナ禍とその後のインフレ・高金利というグローバルな不動産投資の厳しい環境は変わりますか。 「好転し始めています。2024年1〜6月の不動産投資額はアジア太平洋地域で前年同期比7%、EMEA(欧州・中東・アフリカ地域)で1%増えました。欧州に続いて米国でも利下げが始まったことが入札活動や融資を活発にさせるだろう。投資家のセンチメントが回復し、価格の安定につながっています」 「米経済成長は来年、少し減速しても続きます。景気後退に先行して減るオフィスのリース量は増えています。強調したいのは4000億ドル弱と高水準のドライパウダー(待機資金)が控えていることです。買い手と売り手の価格設定の差が縮まる兆しが見えれば、資金が市場に戻ります。投資金額は年後半、来年と増え続けます」 ――投資家の関心が強いセクターは。 「投資額が増えるといっても、セクターの濃淡は大きいです。投資家は物流や居住用の施設といった賃料上昇が見込める分野に関心が強いです。ライフサイエンス(ラボとオフィスが一体になった施設)やデータセンターなど新分野にも関心が高まっています。オフィスはファンダメンタルズが多少改善がみられても、投資家はためらっています」 「主要国で高齢化が進み、健康に生きるための治療法や技術への需要は大きいです。製薬会社は人工知能(AI)を用いてそれらを開発し、ライフサイエンス施設への需要が強まっています。米国では供給が急増した一方、欧州やアジアでは少ないです」 「データセンターは今後数年は(アルファベットなど巨大のサーバーを必要とする)ハイパースケーラーによって数千億ドル規模で投資されるだろう。供給は世界で年20%ペースで増えることが見込まれます。そのほとんどは建設開始前に契約済みとなっています。生成AIなど新技術は常に『投資を正当化できるのか』という疑問がつきまとうものの、少なくとも予想できる将来は需要が約束されています」 ――日本市場をどう見ますか。欧米が回復局面に入れば見劣りするとの指摘もあります。 「日銀が利上げをしても調達金利に影響する10年物国債利回りはまだ1%前後です。米英は4%程度です。日本の不動産の投資利回りが4%とするとスプレッド(利ざや)は良いです。国境をまたぐ資本にとって魅力的な環境であることに変わりないです」 「不動産のリターンの大半は賃料の伸びによってもたらされます。日本のホテルや商業施設は賃料が非常に伸びています。ドイツや米国東海岸の集合住宅、米国の物流施設ではバリュエーションが底入れし、わずかながら拡大し始めていることは確かだが、今後数年間に大幅な賃料上昇が期待できる訳ではないです」Matthew McAuley JLLグローバルリサーチ部門にて、世界の不動産市場の調査、マクロ分析、投資分析、市場予測などのリサーチを担う。在ロンドン [日経ヴェリタス2024年11月24日号]